理念・ビジョン・戦略

ソフトバンクアカデミア特別講義(孫×アローラ対談) シンギュラリティ時代のソフトバンクグループ

~ソフトバンク1.0から2.0へ。変革のための戦略~

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2015年10月22日に行われたソフトバンクアカデミア特別講義では、ソフトバンクグループ株式会社 代表取締役社長の孫 正義と、同社 代表取締役副社長のニケシュ・アローラによる対談が行われ、「シンギュラリティが訪れた世界」「300年成長し続けるための戦略」「次世代を担う後継者」「リーダーシップ」の四つのテーマで、これからのソフトバンクグループについて議論が交わされました。

シンギュラリティが訪れた世界とは

孫:創業以来、私にとって最大の難関であり、最大の疑問は、私の後継者はいるのだろうかというものでした。ですが、やっとその答えを見つけた喜びでいっぱいです。今回、皆さんに私の後継者候補であるニケシュを紹介し、彼の人物像に触れていただく場として、またこれからのソフトバンクグループがどういうビジョンで物事を考えていくのかを説明する場として、この機会を設けました。

私が初めてニケシュに出会ったのは、Yahoo! JAPANのサービスにGoogleの検索エンジンを導入するための交渉の場でした。世界で最も有力で尊敬されるインターネット企業であるGoogleで、実質的に経営を行っていたこともあり、「すごく頭の良い人だ」というのが第一印象でした。交渉は相手の人格を浮き彫りにするものです。交渉を進める中で、ニケシュの能力や聡明さを知り、人としても尊敬するようになりました。
本日、このような機会を得られたこと、一緒に対談できることをうれしく思います。

では、シンギュラリティについて話をしましょう。

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アローラ:孫社長がコンピューターのIQが10,000に達すると言っていたことは恐るべきことでもありますが、一つ疑問があります。誰がIQ10,000を持つロボットをコントロールできるのでしょうか? われわれ人間ですか?

 

孫:もはやわれわれはコンピューターをプログラミングする必要はなくなり、彼ら自身がディープラーニングを通じて学んでいくので、彼ら自身でコントロールすることになるでしょう。

 

アローラ:ロボットがわれわれをコントロールするということですか?

 

孫:そういうわけではなく、人間は自由を享受できると思っています。

 

アローラ:コンピューターは、われわれにとって良いものなのか、悪いものなのか。歴史を見ても情報を多く持つ者が持たない者を支配しているわけです。そういう傾向が今後30年続くのでしょうか?

 

孫:たった1日で変わるということではないと思います。人間はどうすればコンピューターと共存できるかを徐々に学んでいくと思いますし、コンピューターも同じです。コンピューターはさまざまな予測をするようになるでしょうし、われわれにアドバイスをしてくれるようになるかもしれません。もちろん、アドバイスをもらったところで、人間は無視してもいいわけです。そういう意味でも、コンピューターがわれわれを支配するというわけではないと思います。ただ、コンピューターのアドバイスは、恐らくとても的確で、人間が出す答えよりもさまざまな局面で効果的なものかもしれません。彼らとのコミュニケーションの中で、人間はもっとコンピューターに頼るようになるかもしれませんね。コントロールされているとか、依存しているとか、便利になったとか、さまざまな見方があるように思います。

 

アローラ:コンピューターは、われわれがより幸せな生活を送れるように、あらゆることをしてくれるということですね。

 

孫:そうでしょうね。動物にも異なる物差しの中でそれぞれの幸せがあります。

例えば、われわれは美味しいものを食べ、美しい芸術や音楽、自然に触れることに幸せを感じます。われわれは既に、Pepperにある種の感情を持たせていますが、将来、コンピューターが感情を持ち、コンピューターなりの幸せを見出すかもしれません。どちらかが支配する・されるということはなく、共存できると思います。そしてわれわれはコンピューターを良きアドバイザーとして使っていけると思っています。

 

アローラ:食事といえば、先日、シリコンバレーの知人と夕食を共にしたのですが、食事で200キロカロリーを摂取するには、その3から5倍のカロリー消費が伴うため、食物を生産するという作業はとても非効率だと言っていました。シンギュラリティの世界では、食べ物は、映画を見に行くことのように贅沢なものとなり、一日に3、4回錠剤や飲み物を摂取するだけで生きるのに必要なカロリーを補うようになると考えているそうです。そのような時代は来るのでしょうか?

 

孫:恐らくそういうことが起こるでしょう。それでも依然として人間は、幸せを得るためにおいしい食事を楽しむと思います。確かに効率だけを考えるならば、仕事などで忙しい時に、時間を節約するために錠剤を飲んで栄養を補給するというやり方もあるでしょう。生産性が劇的に向上した場合、自由な時間が増え、食事や友人と過ごす時間に使えるようになりますね。極端な方向に分かれていくと思います。

知的生産性という意味では、AIやシンギュラリティを良いこととして受け入れることで、人間はより効率的になるでしょう。聞いた話では、シンギュラリティが訪れることで、現在医師が行っているアドバイスの85%はコンピューターが行えるようになります。しかも膨大な量のデータベースを持ち、DNAや血液検査など全ての情報を元に分析を行うことで、より的確なアドバイスをできるようになるでしょうね。

 

アローラ:私が聞いた話では、飲み込むと血流に乗って、さまざまな検査を行い、体の中で異変があると探知し、信号で知らせてくれるセンサーがあるそうです。人間の中に住むマイクロロボットのようなものですね。体の中からも外からも、彼らにコントロールされることはないのでしょうか?

 

孫:共存だと思います。

 

アローラ:孫社長は楽観的ですね。私は疑り深いのです。二人でバランスを取り合っているというところでしょうか。孫社長は車の事故はなくなるとおっしゃっていましたが、そこについてもまだ議論がありますね。例えばドローンとか電気自動車とかさまざまなテーマがありますが、交通については将来どうなるのでしょう?

 

孫:今後も4輪の車は残ると思います。ただ、4輪の車も人間がコントロールしないほうが安全かもしれないですね。

 

アローラ:では人間は手を出さず、ほとんどのものから距離を置いたほうが良いということですか?
賢いものに全てを任せるということでしょうか?

 

孫:彼らには生産性の部分を任せ、われわれは彼らと一緒に楽しむことができると思います。
コンピューターは生産性を上げるためのパートナーになれると思います。

300年成長し続けるために

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孫:シンギュラリティ時代がやって来た時に、ソフトバンクグループはどうするのか。われわれは35年間事業をやってきましたが、次の30年間はどうやって生き残っていくのか。300年間続く組織とはどうあるべきなのか。重要で意義のある会社として、ソフトバンクグループはどうあるべきだと思いますか?

 

アローラ:現在、私たちは二つの意味で歴史の中でユニークなポイントにあると思います。

一つ目は、これまでにないほど大勢の起業家がいるということ。二つ目は、今ほど簡単に事業を始められる時代はなかったということ。これまでは、自分の足で徐々にマーケットを広げて全国的な規模の企業に成長させていかないといけませんでした。今はテクノロジーやブロードバンドのおかげで、皆が携帯端末を使いインターネットへアクセスする仕組みができ、写真や動画を撮る・投稿する・評価するという仕組みもできました。技術の進歩によってさまざまなことが簡単にできるようになり、新しい事業を始めやすくなりました。革新のペース、創業の速度は加速していくと思います。だからこそ、これだけのスタートアップが生まれている。

インドでは2014年だけで500社が新たに設立されました。インドの歴史の中で、これほどの数の会社が一度に設立されたことはありません。シリコンバレーでも同じことが起こっており、日本でも同様のことが起こるでしょう。過去を振り返るとGoogle、Facebook、アップル、テスラ、IBM、AT&T、AOL、Yahoo!など、世界の素晴らしい企業は情熱のある賢明な起業家によって設立されています。そして、ソフトバンクグループのようにどんどん成長しました。ただ、創業者が年をとり、利益も上がってくると、小さなリスクも回避するようになり、また他の人に運営を委託するようになって、成長が停滞、または右肩下がりになってしまうこともあります。

 

孫:ここ100年間のアメリカの自動車業界を見ると、偉大な起業家が立ち上げた全ての企業が停滞してしまっています。

 

アローラ:彼らは成功の方程式を見つけたことに満足してしまい、革新することをやめてしまいました。一方、われわれの場合は、それをリスクと考えています。

スティーブ・ジョブズ氏がアップルに戻ってきたこともありましたが、それは成功のための長期戦略にはなりません。ソフトバンクグループの戦略は、われわれが若くなる代わりに毎年優れた起業家を探して、彼らの情熱や創造性に投資していくことです。毎年5~10人くらいの素晴らしい人に出会えるかもしれませんし、そのうちの何人かが次のスティーブ・ジョブズ氏やラリー・ペイジ氏になるかもしれません。

そして、世代が入れ替わる中で、ソフトバンクグループ株式会社がポートフォリオの中心となって魅力的な起業家に投資を行い、また助言者として、ポートフォリオの中から彼らをサポートできる企業を紹介したり、多くの起業家に知恵を授けていきます。次の世代の起業家を仲間に取り込むことは、われわれが若くあり続けるための面白い戦略になると思います。

 

孫:私も長い間全く同じことを考えてきました。同じ考え、情熱を持つ人を見つけることができたことを本当にうれしく思います。若い情熱的な起業家を迎え入れ、新しい血を取り込むことで、若くあり続ける。これこそが私の信念でもあります。そうすることでソフトバンクグループは常に情熱のある起業家の集合体になり、どんどんリフレッシュしていきます。彼らが独立した時にはそれを祝い、キャッシュが入ってくればそのお金で次の情熱あるスタートアップに投資していけば良いと思います。時には何かしらのアドバイスもできるかもしれません。

 

アローラ:孫社長とは一年半近く一緒にいますが、強い情熱を持っており、年を取ったと言うにはまだ早いと思います。毎晩のように電話でスプリントの建て直しについてアドバイスもしています。その情熱はどこからくるのでしょうか?

 

孫:一番の原動力は、お金ではなく、人々の幸せに貢献できる組織をつくりたいという信念だと思います。意義のあることをしたいという情熱です。シンギュラリティが来たら、頭の良いロボットやコンピューターが開発されていくと思いますが、私は優しい心を持ったロボットを作りたいと思っています。できれば悪い感情を持たないロボットを作りたいですね。

 

アローラ:優しい心を持つPepperはソフトバンクで、悪い心を持つロボットは他社でということですか?

 

孫:そうですね(笑)。では人で考えてみましょう。
最も頭が良い人と、最も頭が良いわけではないけどハートを持った人では、どちらがいいですか?

 

アローラ:もちろんハートを持った人ですが、仕事をするなら前者ですかね。

 

孫:生産性を考えたらそうですね。

 

アローラ:思わず自分自身のことを考えてしまいましたよ。私はどっちだろうと。

 

孫:どちらの側面も持っていると思いますよ。

頭が良いことは大事ですが、もっと大事なことはハートを持っていることだと思うのです。だから私はPepperに良いハートを持たせています。Pepperを購入したお客さま、ご家族が幸せになってほしい。このIT業界では生産性向上に向けたさまざまな取り組みがされていますが、それ一辺倒にはなりたくないと思っています。

 

アローラ:過去10年で見ると、インターネット、Facebook、Twitter、電気自動車、火星探査などさまざまな革新が生まれてきましたが、これからの20年、30年を見据えた場合、他にどんな業界で革新の余地があり、新しい起業家がチャンスを得ることができると思いますか?

 

孫:これからの医療業界は、ITの力を活用することで、より効果的な薬、DNA・血液検査などを行えるようになるでしょう。医療業界は、ITによって劇的に向上する分野の一つだと思います。過去の電化製品は確かに生産性向上に貢献しましたが、常に人間がコントロールしていないといけませんでした。目覚まし時計もそうですよね。しかし、それらの知能がより発達すれば、目覚まし時計をセットする必要もなくなります。私のスケジュールから起きるべき時間を判断し、知らせてくれるようになります。全ての電化製品がスマートになっていくでしょう。

 

アローラ:われわれが病気になったとき、自分自身についてのデータはほとんどありません。病院に行くたびに、同じ検査を行い、同じ質問をされ、どんな気分かを説明することはとても難しい。そういった情報が全てデータ化されれば、医療業界も大きく躍進するでしょうね。

孫社長は冒頭で一人当たり1,000台のものがインターネットにつながると言っていましたが、どういうことかもう少し詳しく教えていただけますか。

 

孫:電化製品だけじゃなくてシャツやパンツ、靴、眼鏡もインターネットにつながるようになります。あとは飲み物を飲むグラスにも。

 

アローラ:グラスをインターネットにつないで、何をするのでしょうか?

 

孫:中に何が入っているのか、そのカロリーや身体に良いものなのか悪いものなのかも教えてくれるようになるでしょう。身体に悪いと言われても食べたり、飲んだりすることはあるでしょうが、もし重病を抱えているような場合は、避けることができます。

 

アローラ:そうすると社会にはどんな影響があるでしょう? 政府は全てを監視するようになるのでしょうか?

 

孫:セキュリティやプライバシーは非常に重要になりますし、人とコンピューターの間にも新しい規制ができるでしょうね。

 

アローラ:教育についてはどうでしょうか? 現在の教育というのは画一的で、毎日同じ時間に学校へ行き、皆と同じ時間に同じ内容の授業を受け、同じ宿題をこなします。授業はいつも、平均的なレベルの学生を基準として行われていますね。

今の時代は、もし授業に出なかったとしても、インターネットで探せば、素晴らしい講師による授業を動画で受けることができます。教育のシステムが変わり、おのおののペースで学ぶことができるようになります。

 

孫:例えば子どもの能力に合わせて、楽しみながら学習できるようにPepperが子どもたちに数学や英語を教えることができれば、Pepperは子どもたちにとって素晴らしい仲間となり、また、より生産性の高い教育ツールになると思います。

 

アローラ:先生と相性が合わないような場合も、子どもたちは先生を自由に選ぶことができるようになるべきだと思うのです。

的確な市場、的確なアイデア、的確なチーム

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アローラ:ソフトバンクグループの話に戻りますが、300年成長し続けるための戦略は、素晴らしい起業家やビジネスを見つけて、投資をしていくことでしたよね。

 

孫:われわれは、フレキシブルかつダイナミックに投資をしていきます。ソフトバンクグループは、情熱的な起業家が率いる企業の集合体なのだと思います。それがわれわれの戦略です。

 

アローラ:では、そのような情熱的な起業家をどうやって探し当てるのですか? 世界には大勢の人がいるわけですが、何を基準にして判断するのですか? 以前私が確認したところ、世界には毎年150万ものスタートアップがあるそうです。社長は、見事にジャック・マー氏を探し当て、私はラリー・ペイジ氏と一緒に仕事をすることができたわけですが、どうやって、このような人々を探し当て、ソフトバンクグループに迎え入れることができるのでしょうか?

 

孫:ある種のシステムを考える必要はありますね。
スタートアップの段階では、その会社のトップがエキサイティングな起業家であるかを見極めて、スクリーニングをして、価値のある大きな人物だと判断した場合に、それに出資することを決めるのです。

 

アローラ:孫社長は以前、投資の判断基準として「的確な市場」「的確なアイデア」「的確なチーム」の三つを挙げていましたね。どうやって、「的確な市場」を見極めるのでしょうか?

 

孫:自動車、教育、電子機器、エンターテインメントなど既存の業界において、現在の市場規模や需要から、何かしらのヒントを得ることができますよね。十分な規模と成長速度がある市場が「的確な市場」ということになります。われわれは革新の中心であった米国に投資しましたが、米国のインターネット市場の競争は非常に熾烈で、とても高額でした。一方、日本は出遅れていました。だからこそ、そこに大きな機会があると考え、Yahoo! JAPANを立ち上げ、ブロードバンドを始めて、携帯電話も始めました。その後、次なる大きな成長の機軸は中国になると見極めました。市場の成長速度が鍵であり、インドが次の好機だと思っています。

 

アローラ:市場を見極めた後はどうするのでしょうか?

 

孫:素晴らしいアイデアと情熱を持った的確な起業家を探し出し、彼らのアイデアについて話を聞きます。情熱が十分にあってもアイデアがない人には投資はできませんからね。

 

アローラ:ジャック・マー氏に会った時は、何を感じましたか?

 

孫:彼は最も賢い人かと言えばそうではない。彼自身が、自分でそう言ったんですよ。彼は恥じもせず、むしろ誇らし気に、高校では数学の成績が「1」から「5」のうち、「1」だったと言ったんです。5段階のうち一番低い評価ですよ。今でも数学が苦手だと言っています。

でも、彼の強みは数学ではなく、彼が「水に飛び込め」と言ったら100人が、考えもせずに飛び込むというカリスマ性です。生まれながらのリーダーなんです。カリスマ性があり、自分が示した方向にたくさんの人々を動かす力がある人物は、確実に成功します。私は彼の目にカリスマ性を見ました。彼はビジネスモデルなどについて話すことはありませんでしたが、強い情熱があり、5分間話をしただけで、私は出資を決め、お金は必要ないと言う彼を説得しました。ジェリー・ヤン氏のときも同じでした。彼もお金は要らないと言ったため、説得しなければいけなかったんです。

ジャックを納得させた後、中国の人に「なぜ彼はあんな目をしているんだ? なぜあんなに説得力があるんだ? 何をしていた人間なんだ?」と聞いたら、「彼はもともと教師だった」と。「教師は普通あんな目をしていない。彼はどんな学生だったのか?」とたずねると、20万人もの学生が彼に付いて行くようなリーダーだったそうです。大したものです。

 

アローラ:彼の目を見て、的確なアイデアがあると確信して、出資することを決めたのですね。

 

孫:第一に、これからの中国では、インターネットが成長していくことを見極め、的確な市場だと判断しました。そしてリーダーシップのある起業家であるジャックを見つけました。ただ、彼のビジネスモデルはBtoBであり、適切ではありませんでした。そのため、BtoCやCtoCのビジネスをしたらどうかと提案しました。情熱のある的確なリーダーのもとに、優秀なチームがいれば、アイデアは改良させることができます。

しかし、素晴らしいアイデアがあっても十分なリーダーシップがなければ、5年、10年経てば上手くいかなくなります。つまり実行力が伴わないとダメということですね。そういった場合は、リーダーを交代する必要がありますが、それはとても難しいことでもあります。

 

アローラ:それは難しいですね。
情熱がある起業家に対して、アイデアは良いが、実行力がないから退いてくれというのは。

私がソフトバンクグループに入ることを決め、Googleを辞めて4週間の休暇を取りインドに滞在していた時、入社前にも関わらず、社長はインドまで電話を掛けてきて私に仕事を依頼しましたね。それはどの市場でどのように攻めていくかを既に決めていたからではないですか?

 

孫:次の市場はインドであり、その中で注目すべきはイーコマースだと思っていました。

 

アローラ:中国では、アリババを見つけ上手くいきました。今後テクノロジーが爆発的に普及し、人口も増え、次のアリババが生まれるのはどこかという話を1年半ほど前にしましたよね。

 

孫:それがSnapdeal(以下「スナップディール」)です。

インドにはそんなに頻繁に行けるわけではないので、スナップディールのCEOに来日してもらって何度か交渉をしました。しかし、彼らには既に投資家がたくさんいて、投資に見合った割合の株式を集めるのに苦労しました。私は50%の株式を要求していたので。そこで、最初に提示した10億ドルのバリュエーションにさらに10億ドルを追加し、株式の半分をわれわれが持つことに納得してもらおうとしたのですが、既存の投資家には受け入れられませんでした。私は、まだ入社前のニケシュに電話をして「なんとかしてくれ!」とお願いをしたわけです。そこで諦めることもできたのですが、ニケシュが現地へ乗り込み、直接投資家を説得してくれました。ニケシュがいなければ、正直諦めていましたね。既存の投資家の皆さんには新たな出資を拒否する権利があるわけですし、本当に複雑で、難しい交渉でしたから。

スナップディールを含め、これまでソフトバンクでどんな会社に出資し、その後それらの企業がどのように成長したのか、アカデミア生に紹介してください。

 

アローラ:孫社長は、中国の次の市場は、インドだと確信していました。インドは民主主義で、25歳から30歳を中心にテクノロジーの知識がある人が3億人もいます。米国では、ウォルマートが小売市場を占有し、GNPのうち4000億ドルから5000億ドルを占めています。一方インドでは、最も大きな小売企業でも60億ドルから70億ドル程度です。市場が大きく、プレイヤーがたくさんいます。なので、インドの小売市場は成長の余地があるという孫社長の判断は正しかったと思います。

スナップディールへは1年ちょっと前に出資したわけですが、スナップディールの急成長には非常に満足しています。10年から15年後にはアリババのように大きな成長を遂げているでしょうね。孫社長は的確な市場を見極めたと言えるでしょう。

 

孫:覚えていますか? 私が、「ニケシュ!すぐに出資しに行こう!」と言った時、ニケシュの最初の反応は、「ドイツ銀行などを通して、しっかりと調査する必要があります」というものでした。なので、私は言いました。「彼らには理解できないから、直感を信じるんだ。調査なんか必要ないから」と。

 

アローラ:そのやり方では多くの場合は上手くいきますが、常にそうとは限りません。それはさておき、ここでは上手くいった時の話をしましょう。社長と2人でインドに行き2日間で45社のスタートアップ企業に面会しましたね。私たちのチームが面会した200社以上から絞った45社です。

その中から、「Ola」を運営するANI Technologies Pvt. Ltd.という1社に出資しました。「Uber」と同じようなビジネスを展開している企業ですが、出資したのはインドに巨大な市場ができて間もない頃でした。「Ola」は過去1年で乗客数が25倍になりました。西洋で「Uber」が配車サービスを広げたのを見て、同じアイデアを展開できる的確な市場としてインドに目をつけたわけです。しかし、将来私たちは自分の車を持つ必要がなくなるかもしれませんね。運転手も必要なくなり、好きな時に車を拾い自動運転で目的地まで移動することができるでしょう。複数人で乗りあうこともできるでしょう。交通手段の問題を解決することにもなります。

 

孫:情報が解決するというわけですね。私には、二つの信念があります。一つは成功する企業は全てグローバルな企業になるということです。Googleやマイクロソフトがその一例です。もう一つは、ローカルの起業家は年月をかけて外国人に勝っていくということです。

 

アローラ:技術的要素がない企業であればそうですね。Googleには多くのエンジニアがいますが、小規模な企業が一つのことにGoogleと同じだけの技術力を投じることは難しいですよね。高度な技術を持った企業は、グローバルな課題を解決できる可能性があるわけです。

 

孫:そうですね。マイクロソフトがWindowsで、アップルがiPhoneで成功したように、ビジネスにおいてより技術志向である企業は、グローバル企業になることができます。日本で言えばトヨタですね。国によって文化やライフスタイルは異なり、それぞれの文化にあったサービスがあります。提供するサービスがコンテンツに近いほど、その地域の文化を理解している起業家にチャンスがあると言えます。アマゾンは多くの国で成功するかもしれませんが、市場規模が大きくなった時、十分な情熱があれば、ローカルな起業家にもその国で成功するチャンスは十分にあると思います。メディアも同じですよね。米国のメディア企業は日本では一番ではなく、また日本のメディア企業が中国で一番かというとそうではない。コンテンツがローカルなものなので、ローカルメディアが強いのです。スーパーマーケットなどの小売業もそうですよね。

サービスやコンテンツなどにおいては、ローカルの起業家が強いと思っています。日本、インド、中国などは十分な市場規模がありますから、ローカルの起業家にチャンスがある。情熱があり、良いハートを持ち、素晴らしいチームをつくることのできるリーダーシップを持った人であれば、成功の方程式を学び、成長していくことができると思います。

次世代を担う後継者とは

アローラ:トピックを変えて後継者の話をしましょう。社長は若いときに10年ごとにステージを分けて目標を決め、それに沿って意思決定をされていたそうですね。そのことについて教えてください。

 

孫:20代から60代を五つのステージに分けました。
20代では起業して、名乗りを上げる。30代では会社を成長させて、ある程度の資金を作る。当時は日本にベンチャーキャピタルがなかったため、自分で資金を作って戦わなければなりませんでした。40代では大きな勝負をする。ボーダフォン日本法人の買収ですね。そして50代においては持続可能な企業を作り、60代で次の後継者に事業をバトンタッチする。これらを19歳のときに宣言しました。この時に、いつか数万人の従業員を雇い、数百億ドルの利益を上げると宣言したら、創業時にいた従業員2人は1週間後に辞めてしまいました(笑)。

19歳で宣言したときから、後継者に事業をバトンタッチするという最後のステージが一番難しいと思っていました。

 

アローラ:ソフトバンクアカデミアを設立した目的は何ですか?

 

孫:後継者を見つけることでしたが、アカデミアの外でニケシュを見つけてしまいました(笑)。

 

アローラ:これだけの素晴らしい方たちが後継者となるべくここに集まっているのに、米国からインド人を連れてきてしまって良かったのですか(笑)?

 

孫:ニケシュもアカデミアに入る必要があるね(笑)。

 

アローラ:それでもいいですよ。アカデミアは、多くを学べる素晴らしい場だと思います。この会場にいる若い方たちにアドバイスをするとしたら、これから10年、20年先の将来に向けてどんな備えをし、何をしていかなければいけないと思いますか?

 

孫:ベストなリーダーというのは何百万、何千万のうちの一人だと思います。

 

アローラ:リーダーというのは、天性のものですか? それとも身につくものでしょうか?

 

孫:両面があると思います。

 

アローラ:生まれながらのリーダーは幸運で、そうでない場合は努力が必要ということですか?

 

孫:生まれながらのリーダーは、適切な人格と熱意を持っています。

 

アローラ:適切な人格とはどういうものでしょう?

 

孫:リーダーは自分自身より周りの人を気にかける必要があります。いくら賢くても、周りより自分のことばかりを考えている人は、ベストなリーダーとは言えません。賢くて、周りを大切にする人が良いリーダーです。

 

アローラ:私が知っている起業家たちは、とても賢いですが、周りの人を大切にするよりも、世界を変え、革新することに集中しているように思います。社長はスティーブ・ジョブズ氏ともお会いになったことがあると思いますが、彼も周りの人のことをよく考えていた人だと思いますか?

 

孫:彼なりのやり方で考えていたと思います。彼なりのやり方というのは、彼にとって暴言を吐いたり、殴ったりすることはどうでも良いことで、「数十億人の人々の未来の生活がどうあるべきか」を気にかけていたということです。

 

アローラ:それは多くの情熱的な起業家に通じることだと思います。数十億の人々のために、世界を変えたい、何か良いことをやりたいという思いがあります。時間もないのでみんなに対して良くはできないのです。

 

孫:気持ちの良い言葉というのは、お化粧のように表面的なものです。でも、世界を大きく変えるためには、サポートしてくれる仲間が必要です。リーダーを信じ、リーダーのために身を投げ打ってくれるチームを大切にしなくてはなりません。そして、革新的なことをやるというビジョン・情熱を持ち、頭を必死に使って、集中して取り組む姿勢と能力が必要です。そして周りの有能な人を活用することができることも重要なのです。

 

アローラ:われわれは、そういった次世代の偉大な起業家やリーダーになりうる方たちに投資を行っていくということですね。どういった起業家が後継者になれるのでしょうか?

 

孫:まずは組織のマネージャーになり、その企業のリーダーになるでしょう。それはソフトバンクグループの会社かもしれないですし、外部の会社かもしれません。また自分で起業した人に対しても、出資してサポートしていきます。

 

アローラ:そういった会社が非常に成功するかもしれませんね。
しかし、大きく成功した人は後継者になりたがらないのでは? 彼らがたくさんのスタートアップのメンターになりたいと考えるかもしれないということでしょうか?

 

孫:そのとおりです。そうした人が後継者になるのかもしれません。われわれの後継者になるのは、強い起業家精神を持ち、信念と情熱があって、自分で会社を立ち上げるか、組織で昇進した人ですね。多くのスタートアップを成功に導こうとする大きなハートを持っているということも大切です。それが情熱的な企業群をつくっていくことになります。

 

アローラ:成功している多くの企業はグローバルだと先ほどおっしゃっていましたが、それは、世界で何が起きるのか正しく見極める必要があるということで、それが、われわれ2人がつながった理由の一つでもありますね。われわれは、多くの人々と会う機会があり、彼らのビジネスモデルを理解し、それがどう機能しているかを見てきました。では、会場にいる人たちが、グローバルな視野を持つにはどうしたら良いのでしょうか?

 

孫:もちろんコンピューターを使えばさまざまな情報を翻訳して入手することができますが、やはり自分の言葉でコミュニケーションをとれるということが大事だと思います。英語や中国語のように多くの人が使っている言語を使うこと。今は英語が最も利便性のある言語でしょうね。グローバルにおいては、言語は重要です。

それとニケシュはかつて金融機関で働いていたことがあり、ファイナンスを良く分かっていますよね。また、エンジニア専攻でしたから、数字にも強く、テクノロジーを理解しています。これらの二つは絶対に必要なスキルであり、逆にこれらのスキルがないと、われわれの後継者にはなれないと思います。

それに加えて、情熱があり、スタートアップの仕組みを理解できることも必要です。自分で起業するか、スタートアップと一緒に仕事をする、あるいは大きな会社で事業プロジェクトを立ち上げ、そうしたプロジェクトの成功を通してヒーローになっていくということもあるでしょう。ゼロから何かを立ち上げて、困難に直面してもそれを克服して成功させることができる力、さらに重要なのは周りを納得させる説得力です。

 

アローラ:社長は周囲を説得するのが上手ですよね。

 

孫:私には絶対に説得するんだという熱意があるんです。熱意があれば相手に伝わるんですよ。起業家同士は、よく似た熱意を持っているものです。

 

アローラ:もう一つ違う話をしましょう。
孫社長自身はこれまでさまざまな困難を乗り越えてきましたよね。成功までの道のりは山あり谷ありで大変だと思いますが、そこから立ち上がるのにはどうしたらいいのでしょうか。

 

孫:私はある意味では幸運だったと思っています。私は、日本人として生まれてこなかったことで、子どものときに辛い思いをしました。50年前の日本では、差別があり日本人ではない子どもとして暮らしていくのには辛いことがたくさんありました。何をするにしても他の子どもと同じくらい優れているんだということを示すために頑張らなければいけませんでした。劣っていると思われないように努力をしたのです。試練を乗り越えるために戦うことが、私のルーツとなっています。日本の大企業は受け入れてくれないと思ったので、私は自分で事業を始めました。私としては選択肢がなくて自分でやるしかなかったのです。お金を作って成長させて、従業員を雇い、顧客を開拓して、新しい技術を取り入れるということをしなければなりませんでした。

困難に直面すると、乗り越え方をより早く学びますよね。物事が上手くいかないとき、私の気持ちや情熱、頭脳は最高潮に達します。もちろん困難にぶつかった時は、失望したりすることもありますが、翌朝目が覚めたときには2倍力が出ますね。「よし、答えを見つけるぞ」となります。難しい時期や、失敗は神からの一番の贈り物です。若い時により多くの挑戦をした方が良いし、困難な状況に直面したとしても、それを克服する術を知っている限りは、さらに実力を付けることができます。アカデミア生にはぜひ、あえて難しい道を選択してほしい。時には難しい仕事に自ら手を挙げ、学んでほしい。アカデミア生のうちの何人かがわれわれの後継者の一人になりうると信じています。

おそらくアカデミアの皆さんにはわれわれの後継者になるというチャンスだけではなく、起業するチャンスもあると思います。われわれが出資者となり、グループ企業として一緒にやっていくこともできると思います。逆に彼らがわれわれのグループ企業に出資するのも良いでしょう。

 

アローラ:ここ5年ほどの大きな変化は、多くの人が企業の中間管理職として働くよりも起業するようになったということです。会社に勤めながら起業できるプロジェクトなどもあります。非常に起業しやすい環境で、大企業にいても、責任ある事業を立ち上げることができます。

 

孫:組織の中で成長するも良いですし、スピンオフするのも良い。われわれの後継者は、それらの起業家の中から見つけていくべきだと思います。あるいはグループ会社のリーダーでも良いでしょう。

 

アローラ:グループ会社で新規事業を立ち上げて、そこから起業してみたり、他の子会社の社長になって、その後より高い役職に就いて、われわれの後継者になるというのもあるでしょうね。

ソフトバンク1.0から2.0へ。変革のための戦略

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アローラ:最後のトピックですが、今日は300年成長し続ける企業となるために、起業家集団を作っていくこと、また成功する起業家になるためには何が必要かという話もしましたね。現在ソフトバンク1.0から2.0への変革の中にあるわけですが、今後どのように変革していくのでしょうか?

 

孫:ニケシュを見つけたことは非常に幸運なことでした。ソフトバンクグループは国内の事業だけではなくてグローバル企業にならなくてはなりません。国際的な経験があり、グローバルな視野を持った人、また世界中の経営者とのコネクションがある人が必要です。ニケシュは世界一のインターネット企業であるGoogleでそうした経験を得ています。

ソフトバンクグループは次のステージ、ソフトバンク2.0へ成長していかなければなりません。
ソフトバンクグループ株式会社がさまざまな事業を展開するポートフォリオの中心として300年続く文化や組織を作っていきます。それがわれわれの成長戦略だと思います。

 

アローラ:その成長戦略の中で、今後毎年どのくらいの投資をしていくつもりですか?

 

孫:投資は少なくとも年数十億ドルということになるでしょう。もっとお金があれば数百億ドルということになると思いますが、さらに大きくなってもっと投資ができるようにしていきたいと思います。より強力な会社を作って、多くのスタートアップのサポートもしていきたいですね。

アカデミアの皆さん、若い人には今後チャンスがあると思います。
そして、一緒にソフトバンク2.0をやっていきたい。二人で次の後継者候補を見つけていきたいと思っています。また、本日このような話をできたことは良かったと思います。ソフトバンクグループがいろいろな困難を経て、さらに長い先の将来について話せる段階になったのだと思います。

 

アローラ:厚い信頼をおいていただき、ありがとうございます。また、一緒に働ける機会を与えてくれたことに感謝しています。そして、この会場にいる方々と一緒に働くことを楽しみにしています。

(掲載日:2016年2月2日)